戸田の昔話 第三話
ムジナとおじいさん
むかし、下戸田の氷川さまあたりがまだまだ深い森だったころです。ある日のこと、こんにゃく屋のおじいさんが川岸の方へ魚をとりに出かけました。
ビクにいっぱいとれたので、そろそろ帰ろうとしましたら、もうすっかり日がかたむいていました。「こりゃいそいで帰らねば・・・」と舟を岸に近づけ、土手にあがりました。が、おどろいたことに、さっき歩いてきた道はなく、水がいっぱいで荒川と同じです。
そこで、かまわず水の中をピチャピチャ進みました。ところが、こんどは行けども行けども氷川さまの森に着きません。おじいさんは、ただ、もくもくと歩きました。あたりはもうすっかり夜で月がのぼっていました。と向こうから、新曽に住む親兵衛さんが畑から帰ってくるところでした。「やぁー こんにゃく屋さんじゃないか、こんなところでなにしてんの」といいます。「あっ、新兵衛さんか!川で魚とってきたんだが、道がわからなくて困ってるところだよー」「どれどれ、魚はどれくらいとれたかねー」といいながら新兵衛さんはビクをのぞきこみ、そのままビクを持ってかけだしました。
「わぁー新兵衛さん、待ってくれー、それはおいらの魚だぞー」新兵衛さんはふりかえりもせず、どんどん逃げて行きます。その足の速いことといったら人間とは思えません。とうとう見うしなってしまいました。
こんにゃく屋さんは、その場にぼんやりと立っておりました。と、「おーい、おーい」とだれかが呼ぶ声がします。ハッとわれにかえって、ふりむきますと、なんと川だと思っていたのは水田の中でした。ちょうちんを持った近所の人が、こんにゃく屋さんの帰りが、あまり遅いので迎えに来てくれたのでした。すべてがムジナのいたずらだったのでした。