戸田の伝説 第七話
狐の嫁入り
市役所の西北方にかけては、むかしからひろいひろい田んぼがつづき、どこを向いても家が見えないほどでした。
昔のひとは、この田んぼを耕すのに、家からお茶やおべんとうを持っていかなければなりませんでした。そのひろい田んぼの一か所だけ、お稲荷さんをお祭りしてある森があって、赤い鳥居が遠くからも見えました。人々はいつとはなしにその辺りを稲荷木耕地と呼んでおりましたので、しまいには、それが地名になってしまいました。
このひろい耕地のお稲荷さんの森はどこからでもながめられ、とても美しい風景をつくっていましたので、江戸時代の戸田や蕨のひとたちは、ここを八景の一つにかぞえ、その美しさを歌った詩が、前谷落雁などとともに、「稲荷木の夜雨」という題でのこされているほど有名でした。
そのころ、稲荷木の森には、神様のお使いの狐がいっぱい住んでいたそうです。中にはいたずらな狐もいて、夜この付近を通るひとや、おそくまで働いて帰るひとたちをおどろかせてやろうと、後ろから砂をさらさらとかけたり、狐火をちらちらさせたり中には、家と反対の方へ歩いてゆかせたりしました。このように、狐にばかされたというひとがあちこちにいました。
そして、初夏の夕ぐれどきは狐の嫁入りが見られました。狐の嫁入りは、それはそれはきれいで、いくつもの灯りが横に一列にならんで、よく見るとその一つ一つが上がったり下がったり、あっちへ行ったりこっちへきたりして、全体がおどっているように見えるのです。
はじめはちらちらと小さないくつかの灯りが見えはじめますが、そのうちあちこちから集まって、いつしかいっぱいにひろがり、それがついたり消えたりとてもきれいでした。
こどもたちは、見なれているのでそれほどこわがりもせず、遠くから立って見とれていましたが、しばらくしてわれにかえったとき、もうあたりはほんとうにまっくらな夜で、急にこわくなり、みんなワーッと家へとんで帰りました。